松本隆さん

松本隆さんは「はっぴいえんど」の頃からのファンで、風街ろまんには熱中した(’71年頃だったか)。毎朝、起きると必ず聴いていたし、’72年の解散コンサートももちろん聴きに行った。
いつか松本さんと仕事がしたいものだと思っていて、それが実現したのは’73年頃だったと思う。CMの録音に「はっぴいえんど」のメンバーで何度かきてもらった。解散してみんな時間ができたということだったんだろう。そうこうしてるうち、ある音楽出版社から話があって、アリスの曲を二曲作った。それからアン真理子にも二曲。次に作った曲が「つるべ落とし」で、これはおくらになっていたのを何年か前に二階堂和美さんが歌ってくれた。
つい2、3週間前、風街ヘブン(松本隆、寺門孝之)の担当者から突然連絡があって、神戸でそういう企画の催物があるのでピアノを弾いてほしいという。びっくりした。どうやら松本さんはまだ憶えていてくれたらしい。最初はライブということだったけれど、結局、配信だけということになったのが残念だけど。
11/10日の昼間、神戸の相楽園。松本さんには45年くらい会っていない。わかるだろうか。はじめて会うようにそわそわしている。

Cook Note

昔のアルバム(1977録音だ)が再発されるのはうれしいけれどなんだか複雑な気分になる。もうそんなに時間が経ったか。
中山信一郎さんが最初のアルバム「dream」を作ってくれた一年半くらい後だったか、この二枚目のアルバムを作ってくれたのはいま考えると大事件だった。なにしろピアノは10年近く弾いていなかったから指は動かないし曲は忘れてるしで、二枚目など思ってもいなかった。しかし、この一年半の間に川端民生さんと知り合い、亡くなるまでいっしょに演奏したのだから、それだけでも事件で、このアルバムを録音するチャンスがなかったらいまピアノを弾いていることもなかったと思う。だから、このアルバムはまたピアノを弾きはじめた記念碑とでもいっていいもので、それからの年月はピアノを止める前よりもずっと長くなった。長くなっただけでピアノはまったく上手くなっていないけれど、それももう気にならなくなった。いままでこうやって過ごしてきたのだ、これからもこのままでいいではないか。
オリジナルのライナーノートは青木和富さんに書いてもらった。いま読むとその頃の暮らしぶりが思い出されてなつかしい。そうそう、このトリオ(川端民生、宮沢昭一)ではよく旅もしたし、酒井俊のファーストアルバムも録音した。

Nadja 1977年4月27日、28日録音

京都in京都(6)

京都in京都の映像が見られるようになったけれど、パソコンの具合がおかしくてまだちゃんと見られない。早く見たいけれど特に急ぐということでもないので、などと思っていたら、またニュースがひとつ届いた。
京都in京都ができ上がったときの試写会の案内状が近藤さんから送られてきたのだ。上映会には行ったのに場所などなにも記憶になくて、残っているのはそのときの印象だけだったから、うれしい。スタッフの名前が載っていて、そうか、こんなにたくさんの人が関わっていたんだなあ、といまさらながら感無量です。
名前と顔が一致するのはアニメーターの渡辺泰治さん、プロデューサーの小西博司さん(ACA)はお名前だけ憶えている。ACAというフィルム制作会社は当時六本木にあってCMフィルムの打ち合わせでよく行った。京都in京都の打ち合わせもここでやったと思う。
渡辺泰治さんはどうしているのだろう。京都in京都の実際の打ち合わせはほとんど彼と村上彰さん(音楽プロデューサー)とやった。渡辺さんはどんなことも熱心に語る人で、こちらも若かったからいろんなことを話した憶えがある。会いたい。

クロード・ソーンヒル

つい先日、ライブにきてくれたお客さんからクロード・ソーンヒルのLPを頂いた。クロード・ソーンヒル楽団は第二次世界大戦前後に活躍したダンスバンドで、ダンスバンドとしては類をみない、とんでもなく上品な音楽を演奏していた。
ソーンヒルの名前を知ったのは彼がギル・エバンスやジェリー・マリガンのアレンジを採用していたという話を聞いたからで、それが聴きたくてソーンヒルのアルバムを片っ端から買ったのだ(二十歳の頃だったか)。もちろん中古で、その頃は10インチ盤のLPだった。ギルのアレンジの中ではラ・パロマ、ポルカ・ドッズ・ムーンビームスなどが名アレンジで、また、パーカーの曲も何曲かアレンジしていた。
頂いた盤は10インチのはじめて見るもので、いつもの大きな編成ではなく、ピアノにリズムセクションというシンプルな編成だ。いい忘れたけれど、ソーンヒルのピアノはほんとに素晴らしく、ああいうピアノを弾く人がいたらどこにでも飛んで聴きに行きたいものだ。いや、頂いたアルバムはまだ聴いていないのだけれど、あのソーンヒル楽団のテーマSnowfallのような美しいピアノがまた聴けると思うとぞくぞくしてくる。

追記:ギル・エバンスについては瀬川正久さんの書いたものがここにあります。

京都in京都(5)

いまこのフィルムを見たらどう思うのか。それを考えていると、どうにも堂々巡りになって、はじめて見たときと同じだったらどうしようとか、いやいや、50年も前の印象などあてにならないから、など、いろいろ考えて夜も眠れなくなる。しかしいまどう聴こえるかが問題なのだから、聴く前になにをいっても意味がない。
これを作った30歳あたりから10年くらいが一番仕事をしていた時代だ。大きな編成の仕事もずいぶんしたような気がする。ナショナルテクニクスのCM(FM)では、20分くらいの小組曲を作ったし、朝絋太郎(武田和命がいたソウルフル・ブラッズのvocal)にパナステイト! と絶叫させるCMも作った。そう、ナショナルのCMはずいぶん作ったのだ。大きな編成で実際に音を出せる機会などあまりなかったからいい経験だった。

もうすぐDVDのファイルが上がってくる!

京都in京都(4)

先日、神戸のビッグアップルに行ったとき、岩宮さんのお嬢さんと作品を管理している近藤宏樹さんにお会いした。わざわざライブにきてくれたのだ。
その近藤さんが京都in京都のフィルムを送ってくださった。村上さんのところで見つかったマザーテープがいろんな人との縁で、本体、というか本物が現実に見られるようになるなんて夢のようだ。
フィルムでは手軽に見ることはできないから、いまDVDのファイルにしてもらっている。もうすぐ見られる。またどきどきしている。
近藤さんと話していたら、橿原の神田さんが主催してくれたsoloコンサートのとき写真を撮ってくれたカメラマンが近藤さんだとわかった。忘れていて失礼しました。しかし縁がつづくなあ。
いま、まだ連絡が取れないのは演出、アニメーションなどをしてくれた渡辺泰治さんだ。どこでどうしておられるのか。

p.s. いろいろな作業はデザイナーの沢田節子さん、林泉(株)の渡辺徹さんと進めています。

京都in京都(3)

50年前に作った曲を聴くなんてことはそんなにない。もちろんどんな曲を作ったかなどすっかり忘れていて、想像だけが(相当に)膨らんでいたから聴いたときは、呆気にとられた。曲らしきものが20分くらい流れる。メロディーはほとんどない。fluteのsolo、忘れた頃に鳴る管のサウンド、猫が手で弾いているようなピアノ、それらが繰り返し現れ、そして終わる。
なんだこれ。う〜ん、なにを思って作ったのだろう。若気の至りという言葉も思い浮かぶ。よくこんなことをやらせてくれたもんだ。
全編に流れるfluteのsoloは宮沢昭さんに違いない。後のメンバーはわからないけれどその頃のスタジオミュージシャンでは最強だ。いずれにしてもテンポがあるんだかないんだか(あるに決まってるが)わからない音楽で、これだけ聴いていたらなにがなんだかわからない。気取っていえば、京都のなにか一瞬を切り取ったような音楽だ。

編成は思ったより少なかった。12、3人というところか。ギル・エバンスのサウンドは聴こえてこなかった。猫の手のピアノは自分だろう。指揮は誰だかわからないけれど、そのころよく頼んでいた中谷勝昭さんかも知れない。

京都in京都(2)

岩宮武二さんのことはこの仕事をするまで知らなかった。渡辺さんか村上さんが教えてくれたんだと思う。写真集を見た。すばらしい写真だった。品格があるといったらいいのか。これに音楽を付けるのは難しそうだなと思った。しかし作編曲の仕事をはじめて2年ちょっと、怖いものなしの頃だったし、ちょっと図々しくもなっていた。楽しんでやる余裕はなかったけれど夢中でやった。
どんな曲を書いたんだろう。ギル・エバンスが好きだったからそんなサウンドが頭にあったかも知れない。いや、そんなことはどうでもいい、それより前に書いた「いたらなさ」の説明をしなては。
なにしろ20分の映像のはじめから終わりまで切れ目なく音楽を書いてしまったのだ。録音しているときは映像は見ないし、いくつかの部分にわけて録っているからわからなかったけれど、でき上がって全部を見て聴いてみると必要以上に集中を要求されてもうへとへとになる。そんなことわかってたことじゃないか、といわれればその通りだけれど、わからなかったんだなあ。

編成は木管を含む20人弱のオーケストラ(弦楽器はいない)。ピアノは弾いているかどうかわからない。実は今日(7/4)の夜中、アケタの島田さんからファイルを受け取ることになっているのだ!

京都in京都(1)

3年近く前か、ずっと昔に作ってもう忘れかけていた音源のマザーテープが見つかったと聞いた。まだCMの仕事をはじめてまもない頃のもので、岩宮武二さんの写真を映像化した20分くらいの「京都in京都」という作品だ。映像化したのはその頃六本木にあったACAという会社で、写真のアニメーションは渡辺泰治さん、音楽プロデューサーは村上彰さんだった。できてすぐに上映会(試写会か)があって、それを見たときは自分のいたらなさにがっくりしたのを憶えている。そのマザーテープが村上彰さんのところにあった。しかし古いテープなのでちゃんと再生できるかどうかわからないので、知り合いに頼んで確認してもらう、という話があったきり、村上さんとは連絡が取れなくなった。半年ほど前、横浜のライブハウスでひさしぶりに会った岩崎さん(博報堂にいた)から村上さんが亡くなったと聞いた。信じられない。もっとも信頼していたCM音楽ディレクターだった。そうか「京都in京都」はもう聴けないのかと思った。
つい先日、Facebookの「ピアニスト渋谷毅」に桑原さんという人からそのテープを預かっているのでお返ししたいと連絡があった。村上さんが頼んだ知り合いに違いない!
 
無事にマザーテープが戻ってきた。本当は村上さんのところに戻るはずのものだけれど。早速アケタの店の島田さんに聴いてもらいファイルにしてもらうことにした。6mmテープ、モノーラル。録音は昭和44年、なんと50年前だ。テープの状態はよく音もよいという話。うれしい。でも、その頃どんな曲を書いたかまるで憶えていない。